防災テックの自治体営業という仕事 — 入札と予算を読み解く力
- 防災テックの自治体営業は、単年度予算と入札制度への理解が受注率を左右する専門職だと僕は考えています。
- 総合評価落札方式は価格点と技術点を合算する仕組みで、配点比率は案件ごとに異なる目安値として捉える必要があります。
- 未経験転職では法人営業やSIer出身者が採用されやすい傾向が、僕の面談実感としてあります。
「入札公告を読んでも、どこから手をつけていいのか分かりません」——防災テック企業への転職を考えている方から、僕はこの言葉を数えきれないほど聞いてきました。
結論から言うと、防災テックの自治体営業(法人営業)という仕事は、「良い製品を作れば売れる」という民間向け営業の感覚がそのまま通用しない仕事です。相手は年度予算で動く自治体であり、契約の入口には入札や随意契約という行政特有の制度が立ちはだかります。この記事では、僕が転職相談の現場で聞いてきた実例をもとに、この仕事の全体像と、未経験からどう入っていくかを整理します。
0. 防災テックの自治体営業とはどんな仕事か
防災テックの自治体営業とは、気象予測システムや避難所管理システム、河川監視センサーといった防災DX関連の製品・サービスを、都道府県や市区町村に導入してもらうための営業職です。民間企業向けのIT営業と大きく違うのは、意思決定のプロセスが社内稟議ではなく「予算査定」と「入札」という行政特有の手続きを経ることです。僕が支援してきた候補者の中に、大手SIerで法人営業をしていた方がいて、「提案の中身には自信があったのに、そもそも土俵に上がる手続きでつまずいた」と話してくれたことがあります。防災テック営業は、製品知識と同じくらい、行政の意思決定の型を理解しているかどうかで成果が変わる仕事だと僕は考えています。登山にたとえるなら、良い装備(製品)を持っていても、登るルート(予算・入札のプロセス)を知らなければ山頂(受注)にはたどり着けない、というイメージに近いかもしれません。
1. 自治体の予算サイクルを知らないと始まらない
自治体の予算は原則として単年度主義で動いています。多くの自治体では、翌年度の予算要求を各部署が夏から秋にかけて財政課に提出し、年明けの議会で予算が可決されて初めて執行できるようになります。つまり4月に営業を始めても、その年度で契約できる案件は基本的に前年度のうちに動き始めていたものに限られる、というのが実務上の感覚です。僕が面談で聞く失敗の中で多いのが、「提案の反応は良かったのに、次年度予算の要求時期に間に合わず、丸1年案件が塩漬けになった」というケースです。人口規模の大きい政令指定都市では、防災関連予算が複数の部局にまたがって編成されるため、どの部局のどの予算枠で扱われるかを早期に見極める必要がある一方、小規模な町村では防災担当が総務課の一人二役であることも多く、提案の窓口自体が絞られている分、関係構築のスピードが受注に直結しやすい、という違いも僕は見てきました。防災テック営業では、目の前の自治体が今どの予算フェーズにいるかを把握し、多くの場合8〜9月頃とされる次年度予算の要求時期に間に合うよう逆算して提案を進める、というカレンダー感覚が求められます。
2. 入札・調達方式の違いを読む
自治体が製品・サービスを調達する方法は、大きく分けて「一般競争入札」「総合評価落札方式」「随意契約」の3種類があります。単純な価格競争になりやすい一般競争入札に対し、総合評価落札方式は価格点と技術点を合算して評価するため、防災テックのように機能差別化がしやすい製品と相性が良いとされています。一方、随意契約は災害対応の緊急性が高い場面や、既存システムとの連携が前提になる場合など、一定の条件を満たせば競争入札を経ずに契約できる制度です。このほか、企画提案の内容そのものを競わせる公募型プロポーザル方式を採る自治体もあり、防災アプリの開発案件など仕様を細かく決め切れない案件で採用される傾向があると僕は感じています。
| 方式 | 特徴 | 営業での勘所 |
|---|---|---|
| 一般競争入札 | 価格を軸に評価。参加資格を満たせば誰でも応札可能 | 価格競争になりやすく、仕様書の書き方次第で差別化の余地が狭まる |
| 総合評価落札方式 | 価格点と技術点(目安として6:4〜5:5程度の配点が多い印象)を合算して評価 | 技術提案書の完成度が受注を左右する。事前のヒアリングで配点の重心を探ることが重要 |
| 随意契約 | 一定条件を満たせば入札を経ずに契約可能 | 過去の実績や信頼関係が効きやすい一方、恣意性を疑われないよう説明責任も求められる |
| 公募型プロポーザル | 企画提案の内容そのものを競わせる方式 | 仕様が固まっていない案件で採用されやすく、課題設定力が問われる |
配点比率は自治体・案件ごとに公示される仕様書によって異なります。ここに挙げた数字はあくまで僕がこれまでの案件を見てきた中での体感の目安であり、実際の入札公告や仕様書を必ず確認する前提で読んでいただければと思います。
3. 提案書と技術点 — 僕が見てきた失注と受注の分かれ目
僕が支援していた候補者の一人は、防災テック企業に転職して最初に挑んだ総合評価落札方式の案件で、価格を大きく下げて提出したにもかかわらず失注した経験を話してくれました。後から仕様書を読み直すと、その案件は技術点の配点が価格点より高く設定されており、提案書のページ数を絞って簡潔にまとめたことが「具体性に欠ける」と評価されてしまっていたそうです。逆に次の案件では、同じ製品でも導入自治体での運用実績を数値で示し、他自治体での稼働率や通報から出動までの短縮時間といった一次情報を盛り込んだところ、価格では競合より高かったにもかかわらず技術点で逆転して受注できた、と聞きました。防災テック営業における提案書は、パンフレットの延長ではなく、審査員(多くの場合は自治体職員と外部有識者)が加点しやすい「根拠」を並べる書類だと捉えたほうが実務に近いと僕は考えています。
4. 求められるスキルは「御用聞き」ではない — 3つの軸
求められる資質を、僕は大きく3つの軸に分けて考えています。人間力の軸では、自治体職員は異動が多く、担当者が2〜3年で入れ替わることが珍しくありません。一度築いた関係が引き継がれない前提で、毎回ゼロから信頼を積み直せる粘り強さが必要です。職種経験の軸では、法人営業やSIerでの提案営業の経験が生きる場面が多いと感じます。特に、稟議や決裁ルートを意識した資料作りに慣れている人は、行政の決裁ルートにも比較的スムーズに対応できる印象があります。技術スキルの軸では、製品そのものへの深い理解に加えて、仕様書や公告文を正確に読み解く読解力が実は地味に重要です。専門用語や独特の言い回しが多く、ここでつまずくと提案の土俵にすら上がれません。この3つは重なる部分もありますが、「人あたりが良いから」「営業経験があるから」だけで採用判断をすると、入社後にミスマッチが起きやすい、というのが僕の面談での実感です。
5. よくある失敗とその対処法
僕が候補者から聞いてきた失敗のパターンには、いくつか共通点があります。ひとつは、民間営業の感覚のまま「決裁者一人を口説けば決まる」と考えてしまうことです。自治体では担当者・課長・財政課・場合によっては議会という複数の関門があり、担当者の合意はあくまで通過点にすぎません。対処法としては、提案の初期段階で「この案件は誰の合意が最終的に必要か」を担当者に率直に確認し、決裁ルートの地図を早めに描いておくことだと僕は考えています。もうひとつは、仕様書の細部を読み飛ばして提案書を作り始めてしまうことです。加点項目や必須要件の見落としは、どれだけ製品が優れていても評価対象外になるリスクを伴います。僕が勧めているのは、仕様書を受け取ったら本文作成の前に必ず1〜2時間かけて要件の一覧表を自作し、抜け漏れがないかをチームで確認する工程を挟むことです。地味な一手間ですが、この工程を省いた案件ほど後から手戻りが発生している、というのが僕の見てきた傾向です。
6. 未経験からこの仕事に転職するには(今日からできること)
未経験からこの仕事に転職する場合、僕がまず勧めているのは次のような小さな行動です。第一に、地方自治体の入札公告(多くは各自治体のホームページで公開されています)を実際に何件か読んでみることです。防災関連のシステム調達案件を検索して、仕様書や評価基準を眺めるだけでも、所要時間30分〜1時間程度でこの仕事の解像度がぐっと上がります。第二に、気になった案件の仕様書を一つ選び、自分なりに要件を箇条書きに要約してみることです。1〜2時間の作業ですが、行政文書特有の言い回しに慣れる練習として効果的だと僕は感じています。第三に、国土強靱化実施中期計画(2023〜2027年度、内閣官房国土強靱化推進室公表)に目を通しておくことです。総事業費の具体的な水準は公表資料によって幅がありますが、今後数年にわたって防災・インフラ分野への投資が中期的な計画として位置づけられていること自体は、面接で自分の言葉として語れると評価につながりやすいと僕は感じています。これらはいずれも半日もあれば着手できる行動であり、面接で「なぜこの仕事に興味を持ったのか」を語る際の具体的な根拠にもなります。
(結論)
防災テックの自治体営業は、派手な仕事ではありません。予算書を読み込み、仕様書を精読し、入れ替わる担当者と何度も信頼を築き直す——地味な積み重ねが求められる仕事です。ですが、国土強靱化という国全体の方向性が中期計画として示されている今、この仕事の重要性はむしろ増していると僕は考えています。皆さんいかがでしたでしょうか。地味に見える営業の裏側にこそ、防災という社会課題を前に進める力があると僕は信じています。では今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. 防災テックの自治体営業に転職するのに営業経験は必須ですか?
必須ではありませんが、法人営業やSIerでの提案営業経験があると評価されやすいと僕は感じています。行政の予算サイクルや入札制度の知識は入社後に学べる部分も大きいため、選考ではまず「営業提案の型」を持っているかどうかが判断基準になりやすい、というのが僕の実感です。
Q. 自治体営業の年収相場はどれくらいですか?
公的な統計はなく、防災テック企業の求人票や僕の面談で聞く実感からの目安値になりますが、経験3〜5年程度で500万〜700万円台のレンジが多い印象です。同世代のSIer法人営業(目安500〜650万円程度)と比べて大きな差はなく、インセンティブ制度の有無で幅が出ます。
Q. なぜ防災テック企業は自治体営業を強化しているのですか?
国土強靱化実施中期計画(2023〜2027年度、内閣官房国土強靱化推進室公表)によって、今後の防災関連施策の方向性が中期的に示されたことで、自治体側の投資判断や予算要求がしやすくなり、防災テック企業側も予算年度を見据えた提案営業の体制強化を進めているためだと僕は理解しています。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。