防災テック企業2026-08-10監修:山根一城(株式会社ポテンシャライト)

防災テックのカスタマーサクセス職という仕事 — 導入後の自治体を支える仕事

この記事の要点

「導入してもらった後が、本当の勝負なんです」——ある自治体向け防災情報システムのカスタマーサクセス担当者は、僕にそう言いました。彼女はひとつの自治体を5年近く担当し続けていて、毎年4月になると防災担当課の窓口に新しい顔ぶれが並ぶのだそうです。同じ説明を、毎年少しずつ言葉を変えながら繰り返す。それがこの仕事の核心なのだと、僕はそのとき理解しました。

結論から書きます。防災テックのカスタマーサクセス(CS)職とは、自治体や企業に導入された防災システム・防災SaaSが「使われ続ける」ように、運用定着・活用促進・契約更新までを伴走する仕事です。営業が「売る」、PMが「作る」役割だとすれば、CSは「使いこなしてもらう」役割を担います。国土強靱化実施中期計画(2023〜2027年度、内閣官房国土強靱化推進本部)のもとで防災DX関連のシステム導入予算が積み増されるほど、この「導入後」を支える人材の需要が静かに膨らんでいると、僕は転職相談の現場で感じています。

0. 「売る」でも「作る」でもない、CSという役割の輪郭

防災テック業界では長らく、営業とエンジニアにスポットライトが当たってきました。ですが導入件数が積み上がるにつれて、別の課題が表面化しています。「導入したのに、現場で使われていない」という状態です。避難所の混雑状況を可視化するダッシュボードも、ハザードマップの更新機能も、平時に使い方を覚えていなければ、いざという有事に開けもしないまま終わります。

CS職は、この「使われない」を防ぐための専門職です。マニュアルを配って終わりにせず、定期的に自治体の担当課に足を運び、操作研修をやり直し、活用状況をログデータで確認し、次年度の契約更新に向けて価値を言語化する。地味に見えますが、防災SaaSというビジネスモデルの生命線を握っている仕事だと僕は捉えています。営業が持ってきた契約を、実際に「効果のある投資だった」と自治体に証明し続けるのがCSの仕事だとも言えます。

僕が同席したある商談後のフォロー会議では、営業担当が「この機能があれば、初動対応が15分は早くなります」と説明していました。実際に導入から半年後、CS担当者が現場に入って確認したところ、担当職員の半数がその機能の存在すら把握していなかったそうです。売る側の言葉と、使う側の理解の間には、想像以上の距離がある。その距離を歩いて埋めるのがCSの仕事だと、僕はこのとき実感しました。

1. なぜ今、「導入後」が課題になっているのか

背景にあるのは、自治体特有の組織構造です。防災担当課の職員は数年単位で異動することが多く、システムの操作方法や運用ルールを覚えた頃に担当が入れ替わってしまう。僕が話を聞いたある中核市では、防災情報システムの操作担当者が3年間で3回変わり、そのたびにCS担当者が一から研修をやり直していました。ベンダー側からすると「一度教えたのに、また同じ説明をしている」という状態が続くわけですが、これは自治体側の非効率ではなく、行政組織の異動サイクルという構造上の前提です。

この前提を理解した上で、毎年の引き継ぎ研修を仕組み化できるかどうかが、システムが「定着する自治体」と「形骸化する自治体」を分ける分かれ目になっていると、僕は感じています。導入初年度に評価が高かった自治体でも、担当者交代を機に活用率が落ちるケースは珍しくなく、CS担当者の継続的な関与がなければ、システムはただの「使われない予算」になってしまいます。

一方で、僕が話を聞いた別の自治体では、CS担当者が「引き継ぎマニュアル」を自治体側の職員と一緒に作り、異動する前任者自身に後任向けの動画を録画してもらう仕組みを取り入れていました。この自治体では3年間、活用率がほとんど落ちていません。同じ異動サイクルという制約の中でも、CS担当者が仕組み側に手を入れられるかどうかで結果が変わる。この違いを見たとき、僕はCS職の付加価値がどこにあるのかを掴めた気がしました。

2. CS職の一日と、よくある失敗

典型的な一日は、午前中に契約更新前の自治体への訪問資料を作り、午後に別の自治体のオンライン研修を実施し、夕方に活用ログを見ながら「使われていない機能」の担当者に連絡を入れる、といった流れです。訪問と対応の対象自治体を10〜15件ほど掛け持ちしているCS担当者も珍しくありません。

よくある失敗のひとつは、システムの機能説明に終始してしまうことです。ある新人CS担当者は、避難所開設時の情報共有機能について1時間かけて操作手順を説明したものの、担当職員から「結局、災害が起きたら誰が何をすればいいのか分からない」と言われてしまったそうです。防災担当職員が知りたいのは操作手順そのものではなく、「自分たちの業務フローの中でどう使うか」です。この視点の転換ができるかどうかが、CS職としての実力を分けると僕は考えています。対処法としては、研修の冒頭で必ず「発災から何時間後に、誰がこの画面を開くのか」というシナリオを一枚の紙にして共有することが効果的だという話を、複数のCS担当者から聞いています。

もうひとつよく聞く失敗は、自治体からの無理な要望をそのまま抱え込んでしまうことです。「来週の防災訓練までにこの機能を追加してほしい」といった要望に対して、担当者が開発チームに相談せず「なんとかします」と即答してしまい、結局間に合わずに信頼を落としたという話を、僕は複数の企業で聞いたことがあります。対処法は単純で、CS担当者が一次窓口として要望を受け止めつつ、実現可能性の判断は必ず開発・PM側と持ち帰って確認するという役割分担を、契約段階から自治体側にも伝えておくことです。この線引きを曖昧にしたまま走り出すと、CS担当者が板挟みになって疲弊するケースを、僕は何度か見てきました。

3. 求められる力 — 人間力・職種経験・技術スキルを分けて見る

「向いている人」を語るとき、僕はこの3つの軸を混ぜないようにしています。人間力としては、行政特有の意思決定の遅さに苛立たず、粘り強く伴走できる姿勢が求められます。職種経験としては、自治体窓口対応やコールセンター、研修講師、公務員としての住民対応経験があると、行政の言葉遣いや稟議の通し方への理解という点で評価されやすい傾向があります。技術スキルは、正直なところ入り口の時点では高いレベルを求められないことが多く、SaaSの基本的な操作とデータの読み方を数ヶ月で覚えられれば十分という企業も少なくありません。

この3つを「全部揃っていないと採用されない」と誤解して応募をためらう方が多いのですが、実際には職種経験か人間力のどちらかが強ければ、技術スキルは入社後に積み上げるという採用設計をしている企業が、僕の見る範囲では多い印象です。逆に、技術スキルだけが高くて相手の立場に合わせた説明ができない人は、CS職では苦戦しやすいとも聞きます。

4. 年収とキャリアパス — 営業・PMとの比較

年収は僕が転職相談の中で聞く体感値として、350万〜650万円程度のレンジが多い印象です。同じ防災テック企業内の営業職やPM職と並べると、次のような傾向があります。

職種年収レンジの体感値評価されやすい経験
カスタマーサクセス350万〜650万円行政窓口対応・研修講師・住民対応
営業500万〜800万円法人営業・自治体折衝の実績
プロダクトマネージャー550万〜850万円システム開発・要件定義の経験

CS職の年収レンジが相対的に低めに始まりやすいのは、成果が「契約更新率」や「活用率」という中長期の指標で測られ、営業のように単月の受注件数で成果を可視化しにくいためだと僕は見ています。一方で、CS職として数年、複数の自治体を担当した経験は、その後に営業やPMへ横滑りする際の強い武器になります。実際に僕が知っているケースでも、CSで自治体の意思決定プロセスを肌感覚で理解した人が、その後の営業職に転じて契約化のスピードを大きく上げていました。逆にPM出身者がCSに移り、開発側の視点を活かして「なぜこの機能が使いにくいのか」を社内にフィードバックし、製品改善に繋げているケースもあります。

5. ケース比較:定着した自治体と、形骸化した自治体

ここまでの話を、僕が実際に見聞きした2つのケースで対比してみます。ケースAは、人口30万人規模の自治体で、導入初年度こそ活用率が高かったものの、2年目に担当者が異動し、活用率が半年で3割ほど落ち込みました。CS担当者が訪問頻度を月1回から四半期に1回へ減らしていた時期と重なっており、後から振り返ると「訪問を減らした判断が早すぎた」と担当企業側も認めていました。

一方ケースBは、人口10万人規模の小規模自治体でしたが、CS担当者が異動シーズンの前後だけ訪問頻度を倍にし、後任者向けの操作動画をあらかじめ用意しておく運用を徹底していました。結果として3年間、活用率は導入初年度からほとんど落ちていません。自治体の規模ではなく、CS担当者が「異動という構造的なリスク」にどれだけ具体的な手を打てるかが、定着の分かれ目になっているのだと、この2つのケースを見て僕は改めて感じました。

6. 未経験からの入り口 — 今日からできる準備

未経験からこの職種を目指すなら、まず今日できることとして、志望する企業の防災SaaSのプレスリリースや導入事例を3〜5件読み、「どの自治体の、どんな課題を、どう解決したか」を自分の言葉で説明できるようにしておくことをお勧めします。1週間ほどの準備期間があれば、これまでの職務経歴の中から「相手の立場に合わせて説明を組み立て直した経験」を2〜3個棚卸ししておくと、面接での説得力が変わってきます。

具体的には、今日30分でできることは導入事例ページの読み込みと、自分がこれまでに「専門用語を分かりやすく言い換えた経験」を1つ書き出すことです。今週1週間でやれることとしては、志望企業のCS担当者や社員のnote・SNS発信を探して読み、その企業がどんな指標(活用率・更新率など)を大切にしているかを推測してみることをお勧めします。応募前の1ヶ月でできることとしては、コールセンターや研修講師、住民対応の経験を棚卸しし、「相手の理解度に合わせて説明を変えた場面」を3つ、エピソードとして具体化しておくことです。

コールセンターでのクレーム対応、研修講師としての教材作り、公務員としての住民説明会の経験なども、CS職の文脈に翻訳すれば十分にアピール材料になります。ITスキルの証明よりも、こうした「翻訳の実演」ができるかどうかを、僕は選考のポイントとして重視しています。面接の場では、資格の有無よりも「この人に自治体の担当者を任せて大丈夫か」という安心感が見られていると考えておくとよいと思います。

7.(結論)導入後を支える仕事に、光を

防災テックのカスタマーサクセス職は、華やかなポジションではありません。ですが、せっかく開発され、自治体に導入されたシステムが災害時に本当に機能するかどうかは、この仕事の地道な積み重ねにかかっていると僕は考えています。皆さんいかがでしたでしょうか。導入後の現場を支える仕事に関心を持っていただけたら、ぜひ一度、防災テック企業のCS職の求人を覗いてみてください。では今日もがんばりましょう。

よくある質問

Q. 防災テックのカスタマーサクセス職は未経験でも転職できますか

未経験からの転職は十分可能です。特に自治体窓口対応、コールセンター、研修講師、公務員としての住民対応経験がある方は、行政特有の言葉遣いや意思決定の遅さへの耐性という点で評価されやすい傾向があります。ITスキルよりも先に、相手の立場に合わせて説明を組み立て直す力が問われる仕事だと僕は考えています。

Q. カスタマーサクセスと営業・PMはどう違うのですか

営業は契約獲得までの入口を担当し、PMはシステムの機能開発と要件定義を担当します。CSはその後、実際に現場で使われ続けるように運用定着・活用促進・契約更新までを継続的に伴走する役割です。年収の体感値でも、営業が500万〜800万円、PMが550万〜850万円であるのに対し、CSは350万〜650万円と低めに始まりやすく、見ている数字自体も契約更新率や活用率と異なります。

Q. 自治体防災システムのCS職の年収はどのくらいですか

僕が転職相談の中で聞く体感値としては、350万〜650万円程度のレンジが多い印象です。営業経験者や自治体折衝の実務経験がある方は上振れしやすく、未経験の場合は下限に近いところからのスタートになることが多いです。あくまで目安であり、企業の規模や製品の単価によって幅があります。

監修:山根 一城(株式会社ポテンシャライト 代表)

IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。

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